どっちの方角へ足が向くかねと主人は真面目な顔をして、黒木綿の紋付羽織の袖口を引張る。 どれ読んで見給え、僕が批評してやるからと迷亭先生は審美眼の本家のような事を云う。 何がごもっともだか吾輩にはわからん。 二三日前年始に行きましたら、門の内で下女と羽根を突いていましたから病気は全快したものと見えます 不相変元気がいいねと尻尾を立てて左へくるりと廻わす。 いいかい、分ったかい、牛肉の堅くないところを一斤だよと牛肉注文の声が四隣の寂寞を破る。 よそ目には一列一体、平等無差別、どの猫も自家固有の特色などはないようであるが、猫の社会に這入って見るとなかなか複雑なもので十人十色という人間界の語はそのままここにも応用が出来るのである。 考えるとこれは僕が悪るい、全く手落ちであった。 それを聞き直す主人はよほど愚だと思っていると、主人は何にも分らずに吾輩の頭を叮嚀に撫でている。 すると小さいのが姉のした通り同分量の砂糖を同方法で自分の皿の上にあけた。 いやいや自分が下がっては命がない、危ないからよそう。 すべての動物は直覚的に事物の適不適を予知す真理はすでに二つまで発明したが、餅がくっ付いているので毫も愉快を感じない。 　ところへ寒月君が先日は失礼しましたと這入って来る。 そんな浮気な男が何故牡蠣的生涯を送っているかと云うのは吾輩猫などには到底分らない。