――ことにあの色の黒い女学生が一心不乱に体操をしているところを拝見すると、僕はいつでも Agnodice の逸話を思い出すのさと物知り顔にしゃべり立てる。 　戸棚の中でことことと音がしだす。 この時まで身動きもせずに覘いをつけていた棚の上の怪物は、ここぞと吾輩の額を目懸けて棚の上から石を投ぐるがごとく飛び下りる。 見ると片手にはランプを提げ、片手にはステッキを持って、寝ぼけ眼よりは身分相応の炯々たる光を放っている。 ええと主人は少し極りがわるそうである。 よか天気でござりますと唐津訛りか何かで細君の前にズボンのまま立て膝をつく。 女房なんどは、どんな汚ない風をしていても、自分さい宜けりゃ、構わないんでしょう 随分軽蔑なさるのねと細君は中途から不意に迷亭に切り付ける。 疑いもなく陰士の眼である。 　いよいよ来たな、これで今日半日は潰せると思っていると、先生汗を拭いて肩を入れて例のごとく座敷までずかずか上って来て奥さん、苦沙弥君はどうしましたと呼ばわりながら帽子を畳の上へ抛り出す。 陰士は今や勝手の上に大いなる泥足を上げて二足ばかり進んだ模様である。 　吾輩はまた暫時の休養を要する。 いやそりゃ、どうもこうもならん。 不思議な事にはその鍋の蓋を見ると大小十個ばかりの穴があいている。