元来ここの主人は博士とか大学教授とかいうと非常に恐縮する男であるが、妙な事には実業家に対する尊敬の度は極めて低い。 寒月君は別段騒いだ様子もなく先生方の御意向がそうなら、私は断念してもいいんですが、もし当人がそれを気にして病気にでもなったら罪ですから――ハハハハハ艶罪と云う訳だ主人だけは大にむきになってそんな馬鹿があるものか、あいつの娘なら碌な者でないに極ってらあ。 曖昧じゃありませんよ、ちゃんと分っています、ただ説明しにくいだけの事でさあ何でも自分の嫌いな事を月並と云うんでしょうと細君は我知らず穿った事を云う。 君に機鋒を折られたのだね。 この間ある文学雑誌を見たら苦沙弥君の評が出ていましたよほんとに？と細君は向き直る。 　主人はこの不可思議な解釈を聞いて、あまり思い掛けないものだから、眼を丸くして、返答もせず、鈴木君の顔を、大道易者のように眤と見つめている。 相変らず元気がいいね。 これが平均を破壊する第三の条件である。 なるべく尻尾の方を見て三拝しなければならん。 従ってかくのごとく身分に不似合なる鼻の持主の生んだ子には、その鼻にも何か異状がある事と察せられます。 それだけはちょっと区別しておいて貰わんと名誉に関係するからなおんなし事だと主人は嘯いている。 寒月君もらっちゃいかんよと大変熱心に主張する。 その方が男爵でいらっしゃるんですかと細君が不思議そうに尋ねる。 申すまでもなくそれはかく申す吾輩である。