一時荒立てた言葉使いも迷亭に対してはまたもとのごとく叮嚀になる。 折柄格子戸のベルが飛び上るほど鳴って御免なさいと鋭どい女の声がする。 すると御天気の日にまた貼り付けるのです。 線が八本並んでもあとの句が出来ないと見えて、今度は筆を捨てて髭を捻って見る。 一度やった事は二度やりたいもので、二度試みた事は三度試みたいのは人間にのみ限らるる好奇心ではない、猫といえどもこの心理的特権を有してこの世界に生れ出でたものと認定していただかねばならぬ。 もし腕力に訴えたなら三尺の童子も吾輩を自由に上下し得るであろうが、体面を重んずる点より考えるといかに金田君の股肱たる鈴木藤十郎その人もこの二尺四方の真中に鎮座まします猫大明神を如何ともする事が出来ぬのである。 諸君、この顔にしてこの鼻ありと嘆ぜざるを得んではありませんか迷亭の言葉が少し途切れる途端、裏の方でまだ鼻の話しをしているんだよ。 この寒いのによせばいいのに――第一今時泉岳寺などへ参るのはさも東京を知らない、田舎者のようじゃないかそれは東風の勝手さ。 皮も自然堅くなります、肉も次第に硬くなります。 あ、そうそうそれで分らなければ、好い事がある。 そしてその高い縄から何本か別の縄を下げて、それに結び目の輪になったのを付けて女の頸を入れておいて、いざと云う時に女の足台を取りはずすと云う趣向なのですたとえて云うと縄暖簾の先へ提灯玉を釣したような景色と思えば間違はあるまい提灯玉と云う玉は見た事がないから何とも申されませんが、もしあるとすればその辺のところかと思います。 迷亭のいわゆる月並とはこれであろうか。 ああ云う人物に尊敬されるには博士になるに限るよ、一体博士になっておかんのが君の不了見さ、ねえ奥さん、そうでしょうと迷亭は笑いながら細君を顧みる。 気を引いて見る？