そこで今日わざわざ君を招いたのだがねとしばらく途切れて金田君の声が聞える。 その方が男爵でいらっしゃるんですかと細君が不思議そうに尋ねる。 そう、いつでも巨人引力ばかり書いてはおらんさ。 やっぱり普通の談話の際にそれとなく気を引いて見るのが一番近道だよ 着物の咎じゃございませんと細君うまく責任を逃がれる。 迷亭は天井を見ながら君、ありゃ雨洩りか、板の木目か、妙な模様が出ているぜと暗に主人を促がす。 もっとも行きたくない処へは行かぬが、志す方角へは東西南北の差別は入らぬ、平気な顔をして、のそのそと参る。 金田の鼻などもスターンに見せたら善い材料になったろうに残念な事だ。 探険はまず十二分の成績である。 偉大なる鼻がますます異彩を放って、迷亭も主人も有れども無きがごとき有様である。 パスカルがどうしたんだい ――何探偵？――もってのほかの事である。 迷亭は大島紬に古渡更紗か何か重ねてすましている。 実業家は嫌いだから、実業家の片割れなる金田某も嫌に相違ないがこれも娘その人とは没交渉の沙汰と云わねばならぬ。