主人だけは左のみ浮かれた気色もない。 暮といえば、去年の暮に僕は実に不思議な経験をしたよと迷亭が煙管を大神楽のごとく指の尖で廻わす。 自分の妻を褒めるのはおかしいようであるが、僕はこの時ほど細君を美しいと思った事はなかった。 少々辟易して内心困った事になったなと思っていると、再び例の神さんの大声が聞える。 いい心持になった。 二人は女で私がその中へまじりましたが、自分でも善く弾けたと思いましたふん、そしてその女というのは何者かねと主人は羨ましそうに問いかける。 吾等猫属間で御互に挨拶をするときには尾を棒のごとく立てて、それを左りへぐるりと廻すのである。 しかし猫でも坊さんの御経を読んでもらったり、戒名をこしらえてもらったのだから心残りはあるまいそうでございますとも、全く果報者でございますよ。 彼等はまた球を高く擲つ。 やあおめでとう、大層立派に御化粧が出来ましたねええ去年の暮御師匠さんに買って頂いたの、宜いでしょうとちゃらちゃら鳴らして見せる。 三毛子はあら先生と椽を下りる。 それじゃ駄目でもまあ行く事にしよう。 主人だけは左のみ浮かれた気色もない。 神田の某亭で晩餐を食う。